2012年4月23日 (月)

図書館のある土曜日

この土曜日は、私の図書館当番の日で、久しぶりに子ども達と過ごしました。
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時に開館すると、30分くらいして、お母さんと二人の小さな女の子が、お父さんに送られて到着。ちびちゃんは、日本語の絵本を次々に引っ張ってきて、これ読んで、これ読んでと、お母さんにおねだりし、おねえちゃんは静かに自分でページをめくっていました。親子は、図書館に軽食を持参していて、お昼過ぎにお父さんが迎えに来るまで図書館で過ごしました。
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小学生の男の子は、一緒に来た友達は飽きている様子なのに、もくもくと絵本を読み続けました。日本語の『三びきのこぶた』を後ろから
じっくり読んでいました(本人は、後ろから読んでいるつもりは、たぶんないけど
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それから、この日はピーマイパーティーの海苔巻きが好評だったので、海苔巻き作りをすることにしていました。炊いたご飯の量が少なかったようで、
ご飯がすぐになくなってしまいました。ツナやきゅうりの具と海苔は残っていたので、ご飯なしの海苔巻き作りを子どもが開始。「美味しくて止まらない」と言い、むしろ残り物で作る海苔巻きが気に入った様子。
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11時前に開始し、12時過ぎには食べ終わってしまいました。「他の子たち来ないねぇ。土曜日まで補習授業(学校で放課後や土曜日にやっている)なんて、勉強のしすぎだよね」と妹、弟を連れてきた中学1年生ペッちゃんが噂しているところに、補習組がダッシュで到着。補習組は、「え?もう残りこれだけ?ほんとに~?」とがっかり顔で、かろうじて残っていた海苔巻きを平らげました。
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午後は恒例の映画上映会。この日は、タイ語版「となりのトトロ」を上映。お腹を空かせた補習組も、「スシ、
ほんとにもうないの?」としつこく聞き、お腹を抱えながらも最後まで観、観終わるともう1本観たいとアンコール。私のジブリ映画洗脳計画は、静かに進んでいます。
映画の後は、嵐が近づき突風が吹き、今にも雨が降り出しそうだというのに、「濡れたって濡れなくたって家に帰ったら水浴びするのは同じだもーん」と言って、事務所の裏庭でマンゴー拾いを始めました。袋一杯拾い集め、満足気に突風の中帰って行きました。マンゴーをひとつおすそ分けしてもらい、私も砂埃の舞う中、ほっこりした気分で自転車をこいで帰りました。(ラオス事務所 秋元波)
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2012年4月19日 (木)

うれしい再会 

赤井の出張報告第2弾。
経済の発展に伴い、ラオスの子どもたちの服装や持ち物は大きく変化しているが、面白い絵本や紙芝居を目にした時の子どもたちの表情は変わらない。
そして、そんな子どもたちと同じ視線を持ちつつ活動をしている大人たちも、5年ぶり、10年ぶりに会っても変わりがなかった。
   
「アナチャック」
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初めて出会ったのは12、3年前で、彼は10代の若者。家庭の問題で傷つき、行き場がなくて事務所前で涙していた若者は、図書館で絵本に出会い、読み聞かせの世界にはまった。お話を楽しむ心と、人を楽しませたい心を合わせ持つ彼は、事務所図書館の雑務を手伝いながら、読み聞かせエンターティナーとして活躍するようになる。
普段の彼は何とも頼りない状態だが、いざ絵本や紙芝居を手に取ると、生き生きした表情に変わる。
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数年前に当会の活動から離れたが、今回、ヴィエンチャンCEC(子ども教育開発センター)で再会した。以前と変わらずニコニコしながら、「1ヶ月ほど前か ら手伝いに来ている」と言った。
そして、彼が読み聞かせを始めると、小さな子どもたちが彼を取り囲み、たちまちお話にくぎづけになった。彼が話をすればするほど、子どもたちがどんどん身をのりだしていく様子は、以前と全く変わらなかった。
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「シータン先生」
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小学校の先生をしていた彼。1991年に勤めていた小学校に「図書箱」がきて、本の世界にはまった。
学校の図書室は、学校が空いている平日の昼間しか利用できず、農作業に忙しい村人が来られないからと、夜に自宅で、村人や子どもたちへ本の貸し出しをするという活動をはじめる。(彼がこの”家庭文庫”をはじめた頃の様子は、通信24号にも掲載しているのでご覧ください)
家族で協力して活動している様子に感激し、2003年には自宅横に小さな図書室(HAKARN)を建てることを支援した。そして近年では、図書活動だけで なく、音楽、絵、工作などにも活動を広げ、とうとう「ケオクー村CEC(子ども教育開発センター)」を開設してしまった。

シータン先生のすごいところは、建物や道具がなくても、出来るところからはじめてしまうこと。現在のセンター活動も、柱と屋根しかない場所で、毎週活動しているとのこと。
そんなセンターを訪問した。
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先生が折り紙で、「セミ」の折り方を教えていた。
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「セミ」は、最後に”目”を描いて出来上がり。
先生の見本は目を描くだけだったのに、そのうちに鼻、口を描く子、さらには、まつげや髪の毛まで描き出し、逆向きに顔を描く子までいて・・・・・・もう何がなんだかよくわからないものになっている。セミではなくて、犬や花を折る子もでてきて、子どもたちの創作意欲は止まらない。。。そんな自由さが楽しい時間を生みだしているようだ。
最後に、全ての作品を模造紙に貼り付けて完成。
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その後は、子どもたちのダンスタイム。折り紙では端の方でおとなしくしていた子が、嬉しそうな表情で前に出てきた。楽しそうに踊る姿にこちらも笑顔になる。
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かわいらしいダンスは、どこで習ったのかと尋ねると、リーダーの子が自分で考えたのだという・・・・すごい!
   
子どもセンターの活動で何が好き?とみんなにきいてみたら、男の子には絵を描くことが人気。女の子は、一番人気がダンス、その次が運動(サッカー)
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これからもセンターでワクワクする時間を過ごしてね!


そして、こんなセンターの活動を支えてくださる方を募集しています。
詳しくは、こちらの「子どもセンター募金」をご覧ください。

(東京事務所:赤井)

2012年4月12日 (木)

16年ぶりの・・・・・

今回は、東京事務所スタッフの赤井が、久しぶりに訪問したラオスで感じたことをレポート。
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   丸2年の月日が経って訪問したヴィエンチャン。街中を歩いてみると、わずか2年であるもの、その変化には驚いた。新しい店も増えたが、人々の服装や髪型も違ってきている。でも、さらに郊外に行くと、その変化は著しい。田畑がなくなり、道路の幅が広がり、大きな建物がどんどん建てられている。 私が暮らしていた5年前は、郊外で静か=少し不便と思っていた地域が、家も店も増えて、ずい分賑やかになっている。特に、車の数が激増し、中心部からかなり離れても、車の数が減らないことには驚いた。ラオス人も日本人も、ヴィエンチャンに暮らす人は皆一様に「渋滞が大変」と口にしていた。
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【大きな道路に面した小学校では、昼休みに児童が旗を出して車列を止め、児童たちが道路を渡れるようにしていた。・・・日本ならば、信号機を設置するのであろうが。】

   
   翌日、学校図書室開設のためにヴィエンチャン県に向かった。今回訪問するフアン郡は、私が仕事を始めたばかりの16年前に訪問したところである。
   1996年の訪問は、出版したばかりの『絵とき辞書』と数種類の図書を、ヴィエンチャン県内の郡教育局に届けるというものであった。セミナーなどはなく、駆け足で各郡を巡回するものだったため、どんな土地だったのかほとんど忘れていたのだが、風景とは不思議なもので、”山並み”を見ているうちに、いくつかの記憶が思い出されてきた。
   
   16年前、ガタガタの道路を半日以上かかってようやく辿り着いた場所。今回は舗装された道路を快調に走り、2時間程度で到着した。
   当時は、宿泊施設がない中で、急遽、中学校の教員をしている夫婦のお宅に泊めてもらうことになり、「外国人が泊まる」というので、警官がやってきて警備(監視?)をするという騒ぎになったが、今回は、ゲストハウスが複数あり、どこに泊まるか選ぶ状態になっていた。電気も水道もなく、家の人と一緒に川で水浴びをし、夜は暗闇の中でトイレに行くのが大変だったのを鮮烈に覚えているが、今は水道も電気も通り、携帯電話がどこでも通じるようになっていた。
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   生活が大きく変わる一方で、変わらぬものもあった。
   夕食をいただくことになり、お邪魔したスタッフの知人宅。私たちが到着した時には、まだ家の裏でアヒルの毛をむしっていて、でも慌てる様子もなく、食事の支度を続けていた。私たちは、手の空いた家の人とおしゃべりしながら、ゆっくりと待ち、3時間近く経ってようやく食事。そして、食事が終わっても、またおしゃべり。何か特別な話題があるわけではなく、家族のこと、最近の結婚式のこと、いろいろな民族の話、土地の産物、米や肉の値段などなど・・・だらだらと話が続く。その間に、酒を注いだグラスがまわる・・・・
   食事が目的か、酒が目的か、話が目的か・・・そんなことを考えるのは野暮な気がする。何と贅沢な時間の使い方だろうか。。。そう、このゆったりと流れる時間は、16年前に繰り広げられた光景と変わらなかった。
   ああ、そういえば、夕食のメニューのアヒルの”ラープ”も、16年前と同じだった。

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【山の幸が豊富な市場(ヴィエンチャン県フアン郡)】

<東京事務所:赤井朱子>

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2012年2月 7日 (火)

ぎょろ目の天使

今日は珍しくラオス事務所のスタッフ自慢。もっとスタッフのことを褒めて、働きを称えねばと思うのですが、普段はおっちょこちょいや忘れん棒が目に付き(自分のことは棚に上げて)、あまり本人たちを前にして褒めることはありません。でも、内心、なんて働きものなんだろうとか、何てチャイ・イェン(冷静で穏やか)なんだろうとか、なんて素晴らしい感性をしているのだろうとか、変なラオス語でちゃんと理解できるなんて素晴らしく勘が良いな、と感心し尊敬の念を抱いています。
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今日は本人にはないしょで、絵本の出版、先生向けの研修講師、子どもセンターのコーディネーターとして活躍するスックパンサーについて褒めちぎります。スックとは「幸せ」、パンサーは「雨」、「幸せの雨」という意味です。小学生のとき、自分のクラスに同じ名前の男子がいたので、新しい名前「スックパンサー」に自分で改名したそうです。この名前のセンスからして、ロマンチストな性格が伺えます。彼の働き、考え方に私はいつも刺激をもらい、楽しませてもらい、助けられています。目が出目金のようにグリッとしているので、密かにぎょろ目の天使と呼んでいます。

20073月に当会が開催した、「若手作家・創作文学コンクール」の短編小説、評論、エッセイ、3部門すべてを総なめにし、その後スタッフとなりました。両親とも軍人。おじさんは軍の記者でたくさんの本が家にあり、小さい頃からおじさんの家に通い、ラオスの子どもとしては珍しくたくさんの本を読み育ちました。色々変わっていて、ネタに尽きない稀有な人物ですが、特にいつも感心するのは、各地域で図書室や児童館の活動を自立的に運営していくには(広い意味では、ラオスの援助からの自立を)と、常に考え、仕掛けているところ。
NGOで働いているんだし、そんな発想当たり前でしょと思うかもしれませんが、彼が援助大国となったラオスで育ち(1986年生まれ)、末永く援助を受けるべく「ラオスは貧しい」とアピールすることが常識となっているラオスの人たちの考え方を踏まえれば、珍しい、貴重な発想です。

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近年、子どもセンター(児童館のような施設)の運営資金が集まらず、当会では支援先・支援額を減らしています。そこで最近彼が提案したのは、それらのセンターが各々で資金調達ができるよう、助成金申請書の作成ノウハウを教えるワークショップ。ま、そのワークショップ開催のために、まず日本の事務局スタッフが助成金の申請書を作成したのではありますが。
そんな彼、今日は一日、今月半ばに開催する子どもブックフェスティバルの資金調達のために企業やNGOを回り、営業、寄付集めに駆け回っていました。子どもにも人気の彼ですが、学校の先生や地方の教育局の職員、村の人たちを前にし自立を促す熱いメッセージ、問いを投げ掛けるこの若者を、時折私は平伏す思いで見ています。(ラオス事務所 秋元波)

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2012年1月11日 (水)

妖精が歌う島

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2年間ラオスに暮らし、もともと寒がりでしたが、ますます日本の冬に適応できない身体になってしまいました。お正月は日本で過ごすのが一番好きですが、今年は南の島バリに行ってきました。大観光地だけれども、にこやかで、祈りを欠かさず、ユニークな慣習や芸能の中に生きるバリの人々にたっぷりと潤いをもらいました。
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聖なる山に祈りを捧げる人々
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バリの暮らしのそこらじゅうを花が彩っていました。
バリ・ヒンドゥー教の世界では神々がいたるところに宿っており、地面には「悪霊」という名の神様がいると信じられています。「悪さをしないでくださいね」と祈りを込め、家の祠や入り口、自動車や自転車などの乗り物、あちこちに「チャナン」という椰子の葉の上にたくさんの花びらを散りばめたお供えを置きます。
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また、男性はちびっこもおじいさんも、耳の後ろに小さなお花を挿していました。お花が妖精の歌を招き、頭を冷静でかつ冴えた状態に保つとされているそうです。なんてロマンチックなのでしょう。そして、智・良識を必要とする家庭を支える女性は、頭のてっぺんあたりにお花を挿します。
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最近は、建物が増え、木々が減り、庭や身の回りで十分にお花を確保できないこともあり、市場で買うこともあるそうです。しかし、イミテーションのお花では悪霊も鎮められないし、妖精の歌も誘えないのでしょう、造花は見かけませんでした。

ラオスだったらこうはいかないだろうなぁ。
隣の芝は青く見えるものですが、最近はヴィエンチャンでは大事な仏教行事のオークパンサー(出安居)のお供えは発泡トレーに入れられラップに巻かれて売られていますし、バーシーの儀式で使うマックベン(バナナの葉で作ったり、マリーゴールドの花で飾る塔)の土台に発泡スチロールを使ったり、プラスチックのジャスミンの造花を使うことがあります(長持ちするからだそう)。
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夜は、バリ舞踊、ケチャ(男性合唱、
呪術的な踊りをともなう舞踏劇)などのユニークなバリ芸能を堪能しました。外からも内からもその価値が認知され、アマチュアも、プロの演者も、観衆の層も厚いのだろうと感じました。
そして、心もとないラオスの芸能・文化、変化に対する姿勢に思いを馳せました。急激な経済成長を遂げているラオスと比べ、ずっと長い時間を掛けて観光地化が進み経済成長を遂げ、変化がゆっくりと訪れたからでしょうか。バリの人々は、豊かで、誇り高く、逞しい民に映りました。サマイ・マイ(モダン、現代風)にならねば!と皆が口を揃えるラオスは未成熟だなぁ、なーんて思っていたら、圧倒的な海の夕焼けを前に、青年バンガロースタッフは皆DSみたいなゲームに明け暮れていました(笑)。


『オーム スワスティ アストゥ』

このバリ語のあいさつが気に入って、こればかり繰り返していました。
~あなたの心と、世界に安らぎを~

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ラオス事務所 秋元波)
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2011年11月30日 (水)

図書活動と校庭の草の高さ

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先週、図書箱の活用活性化事業の評価訪問を終えました。対象校とした30校は2008年までに、当会が図書箱を届けた学校でした。数年経ち、研修を受けた先生が他の学校に移ってしまい活用できる教員がいなくなったり、本がねずみに噛まれたり、と各校によって異なる課題を2回の学校巡回訪問を通して、郡教育局の読書推進活動担当スタッフと一緒に解決に取り組んできました。30校の対象校のうち、事業の終盤に6校をモデル校として選定し、「良い活動を継続してね」と言う激励を込め、本棚や図書セット、サッカーボールなどを寄贈しました。
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モデル校は、学校中の先生が図書活動に携わっているかどうか、図書の活用度合、評価のポイントはいくつかありますが、要は活発に図書活動をやっているかどうかを評価し選定しました。しかし、全国4県に散らばったピカイチの6校を活動が停滞している学校と比較すると、面白いことにどこをとっても秀でているのです。図書活動担当の先生の熱意、校長先生の関心、協力の姿勢はもちろん、校庭の草の手入れまで行き届いているのです。

南部のチャンパサック県の学校で、たくさんある本を教員室に大事に保管するあまり貸出しをしない学校の校庭は水はけが悪く小さな校庭の端にあるトイレに行くのにくるぶしまで泥んこになってしまいます。中部ヴィエンチャン県の担当の先生1人に仕事を押し付け、校長先生も他の先生も図書活動に関心を示さない学校の校庭は草がボーボーに伸び放題でした。
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あまり活用されていない図書コーナー(ヴィエンチャン県)
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校庭の草は高く伸びたまま
(ヴィエンチャン県)

子ども達がいつも本を読めるように担任の先生が各教室に図書セットを持って行き意欲的に活動している学校の校庭は、日当たり良好で、かつ大きな木と木陰があり子ども達も遊びやすそうです。ボーケオ県のモデル校では、村人の協力を得て作られた、竹のシーソーで子ども達が遊んでいました。そういう学校が位置する郡教育局のスタッフは熱心で、教育局長も理解があります。必然なのでしょうが、良い学校を取り巻く環境はそのすべてが良いのです。
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休み時間に本を読む子ども達(ボーケオ県)
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村人が校庭に作った遊び場(ボーケオ県)

ラオス政府も、学校教育の質の改善のために、学校のマネジメント能力の強化に注力しています。そのために校長先生対象の研修を実施したり、村人で構成される教育開発委員会を設置しトレーニングを行っています。
私たちも、対象校の図書担当の先生だけではなく、校長先生、郡のスタッフにもトレーニングをし、局長にも話をするわけですが「気」の流れは関係あるのだろうか、と思いを馳せたくなります。モデル校の多くの学校が良い気に包まれているのを感じました。

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(この最初の一歩が難しいのですが)校庭の水はけを良くしたら、子ども達は校庭で思い切り遊べるようになり、淀んでいた空気が流れ出し、先生もむくむくとやる気を出し、図書活動も活発になる、そんなことはないのかしら。今後、学校図書活動の活性化に取り組むときは、先生の研修ではなく校庭の草刈りか排水溝造りから始めてみようかな。(ラオス事務所 秋元波)

2011年11月 4日 (金)

世界が広がる喜び

できなかったことや、できないと思っていたことができるようになったときって、なんて嬉しいのだろう。開拓した新しい境地の分だけ、世界が広がると言うもの。あぁ、なんて気持ちいいのかしら。
ラオスの国技か?と言うくらい東西南北どんなに田舎に行っても皆が熱中している競技を、最近初めてやってみた。フランス発祥のペタンク(
ティーブン)である。全国のおじさん達が真剣に取り組むのだから、それは奥が深いのだろうと思っていた。全然、である。いや、深いのかもしれないが、ルールは疑ってしまうくらいシンプルだった。
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(寒い朝、まずペタンクでウォームアップをしてお仕事)

最初に、卓球の球よりも小さいくらいの球を砂の平地に投げる。チームに分かれ、小さい球のできるだけ近くに持ち球の重たい金属球を投げる。小さい球の近くにより多くの球が集まっているチームが勝つのである。小さい球の近くの金属球の数によって点数が加算され、数回戦繰り返し、決めておいた点数(早く9点獲ったチームが勝ちとか)を早く獲得したチームが勝ち。投げる時にバックスピンをかけ相手チームの球を狙って当てて、小さい球から相手チームの球を遠ざけさせるとか、まぁテクニックは色々あるようだが、ルールは至って単純。私はこの2年間、きっと複雑なルールなのだろうと思っていた。だから、どこへ行っても、面倒でやろうとしなかった。
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(仕事が終わってからが本番。暗くなっても続ける)

しかし、先週北部のボーケオ県に出張に行ったときに、郡ごとに対抗試合をすることになり、「ラオスのこども」チーム参加しなくてはならなくなった。東京から来ていた、共同代表の森にとっても、私にとっても人生初の体験。ボーケオ県教育局の先生が私たちのチームに入ってくれたが、年中この競技に明け暮れているおじさんと2
/3が初心者のチームでは、勝負は決まったようなもの。そこで、相手チームには、左手のみで投球してもらうことに。皆ほんとに律儀に左手でやってくれた。それでも、やっぱり負けた。
2回戦目、森さんも私もちょっと調子が掴めてきた。
が、やっぱり相手チームは左手投球にしてもらった。
そして、人生2回目のペタンクで勝利を収めた。

この日、私の世界は広がった。
もうどこへ行っても見てるだけではない。
待っていなさい、全国のおじさんたち!(ラオス事務所 秋元波)
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(こちらは、ボーケオ県のペタンク場の周りの風景)

2011年11月 3日 (木)

ラオスより、100のハートを。

お陰様でブログで紹介しましたにこにこバッジは飛ぶように売れました。今日は、同じく手先の器用なモンの人達の手仕事によるハート型ストラップをご紹介。
先週からラオスに出張に来ている東京事務所スタッフに持って帰ってもらうため、先ほどタラート・サオ(モーニングマーケット)で100コのハートをゲットしてきました。今日も目を光らせて厳選しましたよ~。

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ハートと言えば、やっぱり ピンク。
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ピンクはスイートすぎるというあなたには、ビビットでエネルギッシュなハート。
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小悪魔キャラの貴女には、チャイダム(ブラックなハート)を。
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クリスマスのオーナメントにも。

そういえば、日本にも「気」を使った言い回しがたくさんありますが、ラオス語でそれに値するのが、「チャイ(心、ハート)」です。フアチャイ(心の頭、とは心臓のこと)、チャイディー(心が良い、つまり優しい)、ライチャイ(たくさんの心、つまり気が多い、浮気性)、チャイディヤオ(一つだけの心、要は一途)、チャイダム(心が黒い、つまり意地悪、性格が悪い)、サバイチャイ(心がゆったりと穏やかな状態)などなど。
ついつい自分用にも、4つハートを買った私は、気が多いのか。はて、4つとも同じ色の組み合わせ(グレーとピンク)だから、一途なのか?

ラオスのハート、12月に東京で開催する織物展にてお求めいただけまーす。(ラオス事務所 秋元波)

2011年10月 5日 (水)

ラオスへのラブコール★

ラオス事務所でインターンとして私たちの活動に協力してくれた日本の女子大生、すっかりラオスに惚れ込んで帰っていきました。思えば私も大学生の時に、初めて暮らしたタイ南部の田舎で、サバイサバーイ(のんびりとしていて心地の良い状態)な時間の流れ、人々の心持ち、わんぱくでやんちゃな子ども達に魅了されたのでした。今、ラオスへのラブコールheartを贈っている、かぐやさん、10年後にはラオスに暮らしているのかもしれないですね。 (ラオス事務所 秋元波)

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ラオスで一ヶ月間生活して驚いたことは、知らない人もみんな友達になれるというフレンドリーさであった。ラオスで出会った友達とご飯を食べに行くと、近くの人と仲良くお話をしている様子を必ずといっていいほど見た。「友達?」と聞くと「知らない人だよ!」と毎回言われた。また、ラオス語の分からない私たちにラオス語で話しかけてくる人もたくさんいた。日本の都心では知らない人と親しげに街中で話すことはほとんどない。知らない人と話すときは道を聞くときか、困っている人がいたときくらいである。

ヴィエンチャンも開発が進み、都心になりつつあるが、そんな中でも知らない人と仲良く話すことができる環境があるというのは本当に素晴らしいことだと思った。日本の都心ではもうなくなってしまったものが、ラオスの都心にはまだあった。この良さが開発されていくうえで無くならないで欲しいとすごく感じた。この良さが日本の都心にもあればいいのに…と滞在中に何度も思った。ラオス人の心の温かさにたくさん触れることができ、ラオスが大好きになった。(ラオス事務所夏季インターン 加藤香具弥)

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2011年9月27日 (火)

ぼくの恐竜博物館

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ラオス事務所の事務所長スラピーの息子、ペックくんは学校帰りに事務所に寄り、日本から戻ってきた私の姿を見つけるや否や、寄って来てひそひそ声で「約束守った?」と聞いてきた。サバイディー、の一言もない。

『りったい新恐竜館』(型紙を切り抜き線に沿って折り目をつけ恐竜を組み立てられるクラフトブック)を日本から買ってくると約束して、先月ラオスを後にしたのだった。実はこれは一年越しの約束であった。昨夏、一時帰国から戻って来た時に、折り紙が得意な図書館担当スタッフ・チャンシーの息子、ノックくんにこの本をプレゼントした。そして、恐竜の絵を描くのが好きでたまらないペックには恐竜の足が等身大で描いてある恐竜の百科事典のような絵本を渡したのだった。その絵本には大きな恐竜のポスターも入っていた。それが一年越しのおねだりの始まりだった。

ペックは、ノックの立体の恐竜が組み立てられる本がとても気に入ったようで、それを僕にもくれ、 とねだってきた。そんなにそっちの方が好きなら、ノックに交換してもらうようにお願いしたら?と言うと、自分のも欲しいし、ノックのも欲しいから交換は嫌だと言う。

その直後は数日おきに、ノックの絵本が欲しいとねだってきたが、その度に次回帰ったらね、と伝えていたのだった。夏以降私は数回帰国し、その度に本屋に寄り探したが見つけることができなかった。数ヶ月が経ち忘れたかなと思うと、ふと思い出し、数ヶ月おきにねだってきた。今回の帰国が9月くらいになりそうだと知るや否や何日に帰るのだ?と、私だって早く知りたい帰国の日程を真っ先に知りたがった。

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そして先週の金曜日晴れて、念願の『りったい新恐竜館』がペックの手に渡った。彼がこの本を手にしたときのことと言ったら・・・、できることならその時に戻ってビデオに収めたい。にんまり笑い、その本を高く揚げて仰いで、くるりと一周まわった。

プレゼントをあげるだけでこんなに人を喜ばせることができるとは、サンタクロースとはなんと幸せなしごとだろう。1年越しの約束を果たした甲斐があった。

その日「僕は、明日家から一歩も出ずにに恐竜を組み立てる!」と宣言し、ペックは週末を迎えた。翌日、彼は夜11時まで恐竜の組み立てに勤しみ一晩で20体ほどの本の中の恐竜すべてを組み立てた。そんな一遍に組み立てては楽しみがなくならないものかと思うが、その後、出したりしまったり、並べたり、闘わせたり、遊び方はいくらでもあるらしく飽きずに楽しんでいるらしい。

Big_ones
事務所に来るとすこぶる元気に見えるのだが、どうやら風邪を引いて熱を出しているとのことで、昨日今日と学校を休み、お母さんと一緒に事務所に来ている。今日、ずらりとご自慢の恐竜たちを並べ写真撮影をした。1体ずつ撮りたがったがそれはお断りさせていただき、なんとかザウルスたちを闘わせたり、威嚇させて写真を撮った。ご満悦の様子であった。
来世は、サンタクロースもいいなぁ・・・。(ラオス事務所:秋元波)

Fighting
闘い


Running_away
踏みつけられる恐竜と逃げる恐竜

Threatening
威嚇

«にこにこバッジ入荷:)

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