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2010年11月17日 (水)

子守りと筍狩りと授業

ラオス北部ボーケオ県フアイサイの町から3時間赤土の道路を行き、パーウドム郡の村に日没前に到着した時の第一印象は、村がとてもきれいと言うこと。ゴミ一つなく整然としていて、それぞれの家は花や小さな家庭菜園で彩られている。ヴィエンチャンは道に川にゴミが散れていて汚い。きれいだねぇ、きれいだねぇ、と繰り返し言っていると、ヴィエンチャン出身のスタッフが、ヴィエンチャンも一昔前までこんな風だったよ、と返す。

翌朝、学校に到着すると、子ども達が解散を伝えられたのが、学校から去っていくではないの。
朝一番で、先生たちが昨日学んだテクニックを利用して模擬授業をやるはずのに、どうして帰っちゃうの?子ども達がいないと授業にならないのに、、、。
Petanque私の心配をよそに、先生たちは、まずは体を温めようといって(11月にもなれば北部の山岳部は冷える)、ペタンク(フランス発祥の金属製のボールを砂地に投げる球技)を始める。子ども達は、家にいったん帰り食料を持ち寄るそうだ。無論、ヴィエンチャンから来た講師Collecting_food_from_students_2チーム、私達のために。しばらくすると、子ども達がもち米や、レモングラス、ミントなどを持って戻ってきた。唐辛子はどの家でも栽培していて豊富にあるそうで、数ヶ月は困らないくらい量の生唐辛子、干し唐辛子が集まった。

学校に食材を持って戻ってくるなり子ども達は、学校周辺の四方八方の藪に消えて行った。今度はなに?そろそろ授業始めないの?男達はまだペタンクに飽きる様子も無い。3人の女性教員は、乳離れしない赤ん坊をあやしている。Bamboo_shoots_2藪へ駆けて行った子ども達は、ケーンノーマイ(筍スープ)にしよう!と言って、筍をわんさと見つけてきた。お、すごいね、短時間でこんなにみつけられるのね。皮を剥くのもみんな手際がいいこと。

学校到着から1時間以上が経過し、そろそろ授業でもやりませんかぁ?と、私の顔に書いてあったのだろう、ようやく郡教育局の先生が察知して、教員に授業を始めようと呼びかけた。と言っても、教室に入ってからも先生はヨチヨチ歩きの我が子を気にしながらだったり、抱っこした赤ちゃんを寝かせながら授業を行う。もしかして、私達が来たが為に、女子生徒は筍スープの調理班に回され、授業に出られないのではと心配したが、さすがに1時間目から調理をする必要はないらしく、皆授業に出ていたので安心した。

Class_with_babies楽しい授業作りのために!なんて鼻息を荒くしちゃって、現実とかけ離れすぎてない?食べること食べさせること、そのための食材を確保することが生活の中の中心、それが先生と子ども達の現実なのに。溜息を交えてスタッフのスックパンサーにぼやくと、「でも先生達は、新しい教え方のテクニックを学ぶこと、授業に教科書以外の本を取り入れるという新しい試みにも抵抗を示さなかったよ。子守りをしながらも興味を持って研修に参加していたよ。僕にはそれで十分。」いつになくラオス人スタッフはチャイイェン(冷静、気長)で、穏やかだ。

この山岳部の学校では、筍狩り、赤ちゃんのおもらしのケア、教えること、学ぶことの重要性が、同列に置かれている、先生にとっても、子ども達にとっても。いや、稲刈り、子どもや弟妹の子守りが優先され、授業をキャンセルしたり欠席することは珍しくないだろう。

Teachers_with_babiesこの村にも、近い将来に、幼稚園ができて先生は子守りに気を取られることなく授業に集中できるようになるのだろうか。そしてしばらくしたら、親は教育の重要性を十分理解し、稲刈りに子どもを借り出して学校を休ませることもなくなるだろうか。その先には、子ども達が英語塾と中国語塾と補習授業をはしごする日があるのだろうか。卒業後は何をするのだろう。学校の先生だろうか。それともカジノタウンへの就職だろうか。

授業の後の昼食は、全校生徒が少しずつ家から持ち寄ってくれたもち米、採れたての筍と子ども達が持ち寄った香草のシンプルな筍スープ、新鮮な魚を振舞ってくれた。シンプルだけど、嬉しくなるごちそうだった。(ラオス事務所 秋元波)



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