« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月27日 (木)

虹のたまご、ゆらゆら

Egg_of_rainbow

「僕は、子ども15人集めてってチャンシー(図書館担当スタッフ)に言ったのに、60人もいたら、収拾がつかないじゃないですかぁ」と、やべさんには困った顔をして怒られたけれど、その顔はちょっと嬉そうでもある。やべさんは、ラオスのこどもが出版する紙芝居や絵本の絵描きさんとして、子ども文化センターの先生たちに紙芝居の製作方法を教える講師として、そして今は理事としても、当会に長年協力してくださっている、紙芝居作家さん。12月のラオス訪問は7年ぶりで、ラオスの変容に驚いている様子でした。どこへ行っても、常にやべさんの手は子ども達やその場の情景をスケッチすべく動いていました。ラオス滞在中のアルバムは何冊になったのでしょう。

Yabesan_3

工作教室第1回目は、ペットボトルを使用したラッパ作り。2回目は色セロハンを使用し「虹のたまご」を作りました。1回目の時は、日本人スタッフはいなかったのですが、チャンシーはやべさんの日本語とラオス語と英語の単語とジェスチャーのちゃんぽんメッセージを解し、子ども達にラオス語で指示を出し、皆響きの良い大きなオナラのような音を出すラッパを完成させたようです。後で聞くと、寝付けないくらい疲労したと言っていましたが、チャンシーの勘と想像力にはあっぱれです。

A_bit_chaotic_workshop

2回目の「虹のたまご」作りの時には、私もいましたが、なんせ60人の子ども達が同時に透明のセロハンはどこだ、銀紙はもうないのか、四方八方から質問してくるし、色セロハンは珍しいからみんな家に持ち帰りたくて確保しだすので「これを使って作るんだからねぇ」と説明し、指示を待てずに始めるから仕掛けをする前に完成形にしてしまうしと、工作教室は混乱を極めていました。
大学生数名が後から到着してやらせて欲しいというのだけれど、もう切らしてしまった材料もあるし、日本だったらせいぜい小学校高学年までしかこの手の工作は面白がらないし、「もう材料もないし、遅れて来てもう終盤だし、残念ながら今日はできないね」とお断りしました。でも、気がつくと足りない材料もどうにか工面し、ちびっ子から作り方を教わったらしく、暗くなるまで残って工作していました。ラオスの学校では図工や美術の授業はないに等しく、こういう機会は珍しく小学生から大学生までどどっと集まるのです。どの子も最後には、光にかざすと色とりどりの光が揺れる小さな虹のたまごを完成させていました。

小学校1年生の図書館の常連さんが、「これ持って帰っていいの?」と聞きます。60個の虹のたまごを事務所でどうしようというのさ。「もちろん持って帰っていいんだよ」と言うと、クフフととても嬉しそうでした。(ラオス事務所 秋元波)

Rainbow_egg_with_light_2

2011年1月25日 (火)

はじめてのクラシックコンサート③

どうして演奏する時に頭を揺らすのですか?

Trying_the_cello3

ラオスカルテットの皆さんは、全部で17ヶ所で訪問コンサートを行いました。各訪問先では、カルテットによる演奏、楽器の説明、子ども達の楽器体験、演奏家への質問、訪問先の子ども達による出し物が1時間の中で行われました。お隣の学校にも声を掛け、溢れかえるほどの子ども達が集まってしまったところでは、2グループに分け、30分のコンサートを2回行うこともあったそうです。今日は、子ども達からの質問タイムのひとコマをお伝えします。

まずは、ヴィエンチャンの子ども教育開発センター(日本で言う児童館)の、男の子からの質問。
「どうして、演奏する時に頭を揺らすのですか?」

どこに行っても、子どもたちは演奏家が頭や体を揺らし楽器を弾く姿に、釘付けになったり、ものまねをしたりと、興味を示していたので、これはいい質問。
すると、みどりさん、「あなたはサッカーをしたことがありますか?」と質問した子どもに質問。

Answering_a_question_at_cec2_2

「サッカーボールを蹴るときにどうやって蹴りますか?
足だけ動かしますか?体全体を使いますよね?
ヴァイオリンを弾くのも同じです。動いているのは頭だけだったでしょうか?
肩や上半身も動いていましたよね。
楽器の演奏も、サッカーをするのと同じで、体全体を使って楽器を弾くので、
頭や上半身も動くのですよ。」

Alc_kids

私が同行した8ヶ所のコンサートで、我が図書館の子ども達が一番集中して演奏を聴いていたと思います。親バカなのを差し引いても、そうだったと思います(笑)。会場がこじんまりとしていて落ち着く空間だったのかもしれませんし、演奏家との距離がとりわけ近かったので、子ども達は演奏に引き込まれたのかもしれません。ベートヴェンの弦楽四重奏第5番では突然のフォルテと一緒に前列の子どもは跳ね上がっていました。

そんな誇らしい我が図書館キッズの中からは、秀才キャラのラン君(3ヶ月で160冊の本を借りた中学生)が、なかなか良い質問をしました。
「どうして、(みなさんのグループには)ヴァイオリンは2本あるんですか?」

Question_from_a_kid_2

いい質問ですねぇ、とカルテットの皆さんが一瞬唸って、ヴィオラのヘレナさんが説明してくれました。
「演奏は楽器のおしゃべりのようなものです。
3人のおしゃべりよりも、4人のおしゃべりの方が、会話が弾んで楽しいので4人の構成になっているんですよ。
ヴァイオリン2本でおしゃべりをすることもあれば、チェロがこっちのヴァイオリンに話しかけ、ヴィオラがもうひとつのヴァイオリンに話しかけるおしゃべりのスタイルになることもあります。」

Helena

音楽家の皆さんは、どんな質問にもとても熱心に答え、クラシックのクの字も知らない子どもが聴衆でも、会場脇の調理場からドラム缶でご飯を炊く煙が舞って来ても、隣の家からカラオケが聴こえてきても、演奏に手を抜く様子などまったくなく、迫力に満ちた演奏を子ども達に届けていました。楽器体験では、いつも使用している超高級楽器(ヴァイオリンの弓だけでベンツより高価)を、さっきまで土いじりをしていたような手の子どもにも触れさせてしまうのですから、カルテットの皆さんの音楽教育への熱意と真摯さには胸を打たれます

6月には東京と大阪でラオスツアーの報告コンサートを行うそうです。タイミング良くこの時期に日本に一時帰国していたいなぁ、、、。興味のある方は、ぜひ足を運んでみて下さい。(ラオス事務所 秋元波)

2011年1月17日 (月)

はじめてのクラシックコンサート②

どんな曲も、ムアン!

Girl_looking_at_musicians

ドヴォルザークの重々しい曲でコンサートの幕が開けます。険しい表情の演奏家をぽかーんと見つめる小学生。中学校に行くと、いつでもサバーイサバーイ(心身がリラックスして心地良い状態)のラオスのティーン達には、演奏家のあまりに真剣な様が可笑しいのか、友達と顔を見合わせてクスクス笑っています。

1曲目の演奏終了後、みどりさんが「今の曲を聴いてどんな風に感じましたか?」と聞くと、一斉に「ムアン(楽しい)!」 演奏前に、音楽を通して喜び、哀しみ、不安な気持ちなど多様な感情を表現することができるのですよ、という説明があり、重々しい曲の演奏後にこのお返事。ちょっと拍子抜けしてしまいます。荘厳な曲も、寂しげな曲も、軽快な曲も、みーんなムアン!私の通訳が間違っているのではないかと不安になり、ラオス事務所代表のダラーさんに尋ねると、質問の仕方の問題ではなく(よかったぁ)、感じたことを自分の言葉で表現することができないから、なんでも「ムアン」の一言になるのだと言います。

なぜ、「楽しい」の一点張りになるかと言えば、感じたことを自分の言葉で言い表すことが、それほど大事にされていないのではないか、と感じます。学校ではお歌の時間の後、絵本の読み聞かせの後、どんなアクティビティをやっても、必ず先生は「ムアン・ボー?(楽しかった?)」と尋ね、生徒は一斉に「ムアン!」と返事をして、終了。子どもの頃からなんでもかんでも「ムアン」だから、大人になっても同じです。教員対象の研修の息抜きアクティビティとして映画鑑賞の時間を設けることがあります。どんなストーリーでも、やっぱり感想はムアン!

それから、常に「ムアン」であることが奨励されている文化とも言えるのかもしれません。だから、中学生達は張り詰めた空気を発するカルテットの顔真似をして茶化し笑って、おもしろおかしい雰囲気にするのかもしれません。そんな中学生も、楽器のお試しの時間に楽器を手にすると、最初は友達の前でどうやってかっこよく見せるかに気を奪われているのですが、いつの間にか、弓使いに心を奪われていたりします。

Small_violinist

「楽器を始めたかったら、どうしたら良いのですか」という質問を小学生からもらったり、図書館担当スタッフのチャンシーに「ナミは音楽家に同行して、何回も演奏が聴けて羨ましい。私はこんな演奏を聴くのは初めて(私だって初めてですけど)。楽しいね~、もっと聴きたいなぁ」と言われると、彼女らの心に響いたのだなと、お馴染みの「ムアン」にも厚みが感じられ、嬉しくなるのでした。(ラオス事務所 秋元波)

2011年1月13日 (木)

図書館の頼もしい味方

おかげさまで、ラオス事務所併設図書館は今日も繁盛。本日のお昼休みは、ちょうど50人の子どもが来館しました。貸出しカウンターは、てんやわんや。スタッフが地方出張に出、同時にヴィエンチャン内で研修を開催している今、事務所に残っているスタッフが少ないのですが、中学生のボランティア達が大活躍してくれるお陰でなんとかたくさんの本の貸出し手続きを回せています。次から次へと持ってこられる返却や貸出の本を、ボランティアの子ども達がさばいていきます。 

Volunteer_kids1

特に中学3年のノーンちゃんはとても頼りになります。私は、ラオス語の読書きがおぼつかないので、あまり戦力にはなりませんが「ウアイ・ナミ(ナミお姉さん)は、返却日の欄に日付のはんこ押して」とノーンちゃんの指示を受けながら、手伝います。昼食もそっちのけで貸出し手続きをするボランティア少女。学校に戻る時間ぎりぎりになって、台所に行って、ミーワイワイ(日清チキンラーメンのようなインスタント麺)にお湯を注いでかき込んで、学校へダッシュ。放課後も土曜日も手伝いに来てくれます。こないだは、日本の支援者の方から頂いた日本語のすごろくにラオス語訳シールを作って貼る作業を手伝ってくれました。

Sugoroku

ノーンちゃんは5人兄妹で家が貧しく、親戚の家に預けられ図書館近所の中学高校に通っています。最近借りていく本はもっぱらタイ語の短編小説です。図書館担当のチャンシーに聞くと、他の子も親戚の家にお世話になっている子が何人かいるのよ、あの子たちが持ってくるお昼ご飯を見れば、生活が貧しいことはすぐ分かる、と言います。

今日のお昼はみんなでカオ・ピヤック(ラオスのモチモチ感のあるうどん)にしました。日本語でサバイディー(こんにちは)って何て言うか知ってる?と子ども達同士で話しています。「コンニチワでしょ?」と1人が言います。私は教えたことはなかったのに、どこで習ったのかと聞くと「だって、さっき日本のお客さんが来たときに、お辞儀しながら言ってたでしょ」ですって。よく見てるねぇ。

ボランティアのランくんは、本の貸出しランキングナンバー1で、9月半ばの開設以降160冊の本を借り、賞品として『ラオス語絵とき辞書』をもらいました。今のところオフィシャル(壁に写真が掲示してある)には、ボランティアは中学生の3人です。でも、毎日図書館に通っているうちに作業を覚えて手伝ってくれる子ども達が他にもいます。

帰り際に、熱心に働いてくれたお礼に、日本のお客さんが持って来てくれた、キャラクターシールをそれぞれの図書館のメンバーカードに貼って、お礼を言うと、「明日も手伝いに来るからね~」と言って駆けて行きました。
明日も待ってるよ~!(ラオス事務所 秋元波)

2011年1月11日 (火)

はじめてのクラシックコンサート①

コンサートツアーところによりサッカー大会、ときどきカラオケ

翌日の五嶋みどりさん率いる弦楽カルテットのコンサート会場を事前に見ておこうと、ルアンパバン空港から、町の中心から40分ほど離れた小学校に直行した。「よく来てくれました。まずはお掛けになってください。打ち合わせをしましょう。」と校長先生が迎えてくれた。
「すみません、急いでいるので、9月の下見から流れについては変更はありませんし、会場になる場所だけ見せていただけますか。そしたら次の会場に行きますから。」
「いやいや、まずは職員室へどうぞ。9月に下見にいらした際には私はおりませんでしたし、まぁまぁお掛けください。少しお話したいことがあるのです。」

なんだ?ちょっと嫌な予感。

「実はですね、明日私達の学校でサッカーの地区大会を開催します。4地区の学校が集まり、大会のために運動場を使います。でも心配ありません、コンサート会場となる教室からできるだけ離れた場所でサッカーの試合をしてもらいますから。」
「はぁ。4地区って、1地区からは何校が集まるんですか?」
「大きな地区では15校、小さい地区では6~7校です。」

50校近くの小学生、それもプレーする11人と監督教員だけではなく学校によっては、応援のために全校生徒が駆けつける場合もあり、大勢の子ども達や郡教育局の職員を含めた教職員が集まり、これはちょっとしたお祭り状態になる。弦楽四重奏コンサートはマイクもスピーカーも使用しない。ただでさえ静かに音楽を聴く習慣のない子どもに、教室の外ではお祭りをやっているけれど、それには気を取られないように演奏に集中させる、なんてできるのか?

9月にインターナショナル・コミュニティー・エンゲージメント・プログラム(ICEPの方と下見に来て、日時を伝えていた。それ以降、県・郡教育局にも演奏会に関して文書を送った。12月に入ってからは、県教育局職員、校長と何回も電話で話していた。すべて段取りを理解してくれていると思っていた。確かに、何があるかわからないと思ったから本番前に会場を見に来たのだけれど、やはりラオス侮れない。

「コンサートは、教室内で行いますし、学校は運動場を試合会場として提供しているだけで、うちの生徒は出場しないので、皆コンサートに参加させることが可能です。サッカー大会は、郡教育局からの要請で断ることができなかったのです」翌日のサッカー大会の打ち合わせと称して酒盛りが始まっていたのか、酒臭くて目も泳いでいる教頭先生が部屋に入ってきて私を説得しようとする。

これまでいくらでも連絡するチャンスはあったのに、本番前日までこの件について告げなかったことに、腹が立った。おそらく、私が前日に訪問しなければ、当日カルテットのメンバーと到着して初めてサッカー大会について知ることになったのだろう。言いづらくて言えなかったのか、それとも前日までひっぱれば学校変更などの措置もとれまいと思ったのか知らないが、どちらにしても、怒っていますよ、と言うメッセージを伝えたかった。ラオスではチャイホーン(気持ちが熱いこと、つまり短気)はよろしくないから、冷静にしらーっと聞いてみる。

「この学校のそばに他に学校はありますか?(次の会場がこの学校付近なので、この学校付近で代替校を探す必要があった)」
「ありません、ありません。ムアンカイ小学校(この学校の次にカルテットが行く学校)だけです。」と慌てる校長先生。
すると、他の教員が「1kmほど入った所に1校あります」と言うではないか。が、校長先生は、あぁ、あそこは無理です、と正直者の先生の発言をもみ消した。コンサートをうちでやって欲しいという強い気持ちは、伝わってきた。

結局、ICEPのディレクターの方と相談し、学校の裏にある、壁はないが屋根と柱のある村の集会所を会場としてコンサートを行うことにした。当日の朝までそこは砂埃に覆われていたが、カルテット到着10分前くらいには会場らしく化けていた。この集会所からは運動場の様子は見えず、子ども達はサッカー祭りに気を奪われることもなく、じっと演奏に聴き入っていた。朝の光の差す中の小さなかわいらしいコンサートだった。集会所は民家に囲まれていたので、近所の女性たちが集まってこれたのも、とても良かった。

Concert_at_tin_som_lpb_2

Trynig_instruments_tin_som_2_2

この後に行った、ムアンカイ小学校では学校の向かいにある村の集会所で、村の党員会議がちょうど終了したところで、カルテットのコンサートが始まる頃、会議の後のカラオケのご準備よろしく、大きなサウンドシステムから歌謡曲が流れ始めていた。
しかし、サッカー大会宣告の後、次は何かしら?とICEPのディレクターの方も私も動じなくなっていて、村長さんに1時間だけ音量落としていただけますかぁ、と頭を下げて無事コンサートを開催した。

Trying_instruments_muang_khai_2

ラオスの田舎の小学校や児童館で弦楽コンサートを開くなんて、
初めてのこと。先生も子ども達も心待ちにし、歓待してくれるのだけれど、受け入れ態勢はいつものゆるい調子だから、え?それはないでしょ、というこちらにとっては想定外の事態が起こる。しかし、設備もない、聴衆の教養もないラオスの小学校でやるのだから、冷や冷やすることがあっても仕方がないし、それも楽しみのうち。また、子どもの集中力や反応も、年齢層、これまでの音楽や情操教育の経験、その教室が蒸し暑いのか、涼しいのか、隣に誰が座っているか、ということで変わってくるので、行く先々でコンサートの雰囲気は全然違った。

ラオスの子ども達とクラシックコンサートの初めての出会いに何回も立会い、カルテットの音を肌でビンビンと感じるほど間近で聴き、年の終わりに幸せなお仕事をさせていただきました。『はじめてのクラシックコンサート』と題し、ラオスの子どものクラシック初体験についてに数回に渡ってお伝えしていきます。(ラオス事務所 秋元波)

Peeking_at_quartet_2

2011年1月10日 (月)

サバイディー・ピーマイ!

あけましておめでとうございます、とご挨拶するには少し遅くなってしまいました。今年は、日本でお正月を過ごしました。やっぱりお正月は、お雑煮を食べ、冬のキーンとした冷たい空気を感じて初詣をし、あれもこれもと神頼みし、心機一転してみるのが、しっくりきます。

私が日本でお正月を満喫している間に、ラオス陣営は、ルアンナムター教員養成校での振返り・評価ワークショップと、シェンクワン県の新しい学校図書室開設のために、二手に分かれ出張に出ていました。

Img_6928

今年も忙しい年になりそうですが、学ぶ喜び、表現する楽しみを子どもたちや先生方と共に体感しながら、活動してまいります。

今年も、当会の活動へのご支援、ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。(ラオス事務所 秋元波

※ラオス正月は4月なので、盛大な新年のお祝いは4月に行います。

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »