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2012年4月23日 (月)

図書館のある土曜日

この土曜日は、私の図書館当番の日で、久しぶりに子ども達と過ごしました。
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時に開館すると、30分くらいして、お母さんと二人の小さな女の子が、お父さんに送られて到着。ちびちゃんは、日本語の絵本を次々に引っ張ってきて、これ読んで、これ読んでと、お母さんにおねだりし、おねえちゃんは静かに自分でページをめくっていました。親子は、図書館に軽食を持参していて、お昼過ぎにお父さんが迎えに来るまで図書館で過ごしました。
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小学生の男の子は、一緒に来た友達は飽きている様子なのに、もくもくと絵本を読み続けました。日本語の『三びきのこぶた』を後ろから
じっくり読んでいました(本人は、後ろから読んでいるつもりは、たぶんないけど
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それから、この日はピーマイパーティーの海苔巻きが好評だったので、海苔巻き作りをすることにしていました。炊いたご飯の量が少なかったようで、
ご飯がすぐになくなってしまいました。ツナやきゅうりの具と海苔は残っていたので、ご飯なしの海苔巻き作りを子どもが開始。「美味しくて止まらない」と言い、むしろ残り物で作る海苔巻きが気に入った様子。
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11時前に開始し、12時過ぎには食べ終わってしまいました。「他の子たち来ないねぇ。土曜日まで補習授業(学校で放課後や土曜日にやっている)なんて、勉強のしすぎだよね」と妹、弟を連れてきた中学1年生ペッちゃんが噂しているところに、補習組がダッシュで到着。補習組は、「え?もう残りこれだけ?ほんとに~?」とがっかり顔で、かろうじて残っていた海苔巻きを平らげました。
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午後は恒例の映画上映会。この日は、タイ語版「となりのトトロ」を上映。お腹を空かせた補習組も、「スシ、
ほんとにもうないの?」としつこく聞き、お腹を抱えながらも最後まで観、観終わるともう1本観たいとアンコール。私のジブリ映画洗脳計画は、静かに進んでいます。
映画の後は、嵐が近づき突風が吹き、今にも雨が降り出しそうだというのに、「濡れたって濡れなくたって家に帰ったら水浴びするのは同じだもーん」と言って、事務所の裏庭でマンゴー拾いを始めました。袋一杯拾い集め、満足気に突風の中帰って行きました。マンゴーをひとつおすそ分けしてもらい、私も砂埃の舞う中、ほっこりした気分で自転車をこいで帰りました。(ラオス事務所 秋元波)
ラオスのこども」ホームページ

2012年4月19日 (木)

うれしい再会 

赤井の出張報告第2弾。
経済の発展に伴い、ラオスの子どもたちの服装や持ち物は大きく変化しているが、面白い絵本や紙芝居を目にした時の子どもたちの表情は変わらない。
そして、そんな子どもたちと同じ視線を持ちつつ活動をしている大人たちも、5年ぶり、10年ぶりに会っても変わりがなかった。
   
「アナチャック」
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初めて出会ったのは12、3年前で、彼は10代の若者。家庭の問題で傷つき、行き場がなくて事務所前で涙していた若者は、図書館で絵本に出会い、読み聞かせの世界にはまった。お話を楽しむ心と、人を楽しませたい心を合わせ持つ彼は、事務所図書館の雑務を手伝いながら、読み聞かせエンターティナーとして活躍するようになる。
普段の彼は何とも頼りない状態だが、いざ絵本や紙芝居を手に取ると、生き生きした表情に変わる。
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数年前に当会の活動から離れたが、今回、ヴィエンチャンCEC(子ども教育開発センター)で再会した。以前と変わらずニコニコしながら、「1ヶ月ほど前か ら手伝いに来ている」と言った。
そして、彼が読み聞かせを始めると、小さな子どもたちが彼を取り囲み、たちまちお話にくぎづけになった。彼が話をすればするほど、子どもたちがどんどん身をのりだしていく様子は、以前と全く変わらなかった。
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「シータン先生」
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小学校の先生をしていた彼。1991年に勤めていた小学校に「図書箱」がきて、本の世界にはまった。
学校の図書室は、学校が空いている平日の昼間しか利用できず、農作業に忙しい村人が来られないからと、夜に自宅で、村人や子どもたちへ本の貸し出しをするという活動をはじめる。(彼がこの”家庭文庫”をはじめた頃の様子は、通信24号にも掲載しているのでご覧ください)
家族で協力して活動している様子に感激し、2003年には自宅横に小さな図書室(HAKARN)を建てることを支援した。そして近年では、図書活動だけで なく、音楽、絵、工作などにも活動を広げ、とうとう「ケオクー村CEC(子ども教育開発センター)」を開設してしまった。

シータン先生のすごいところは、建物や道具がなくても、出来るところからはじめてしまうこと。現在のセンター活動も、柱と屋根しかない場所で、毎週活動しているとのこと。
そんなセンターを訪問した。
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先生が折り紙で、「セミ」の折り方を教えていた。
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「セミ」は、最後に”目”を描いて出来上がり。
先生の見本は目を描くだけだったのに、そのうちに鼻、口を描く子、さらには、まつげや髪の毛まで描き出し、逆向きに顔を描く子までいて・・・・・・もう何がなんだかよくわからないものになっている。セミではなくて、犬や花を折る子もでてきて、子どもたちの創作意欲は止まらない。。。そんな自由さが楽しい時間を生みだしているようだ。
最後に、全ての作品を模造紙に貼り付けて完成。
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その後は、子どもたちのダンスタイム。折り紙では端の方でおとなしくしていた子が、嬉しそうな表情で前に出てきた。楽しそうに踊る姿にこちらも笑顔になる。
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かわいらしいダンスは、どこで習ったのかと尋ねると、リーダーの子が自分で考えたのだという・・・・すごい!
   
子どもセンターの活動で何が好き?とみんなにきいてみたら、男の子には絵を描くことが人気。女の子は、一番人気がダンス、その次が運動(サッカー)
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これからもセンターでワクワクする時間を過ごしてね!


そして、こんなセンターの活動を支えてくださる方を募集しています。
詳しくは、こちらの「子どもセンター募金」をご覧ください。

(東京事務所:赤井)

2012年4月12日 (木)

16年ぶりの・・・・・

今回は、東京事務所スタッフの赤井が、久しぶりに訪問したラオスで感じたことをレポート。
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   丸2年の月日が経って訪問したヴィエンチャン。街中を歩いてみると、わずか2年であるもの、その変化には驚いた。新しい店も増えたが、人々の服装や髪型も違ってきている。でも、さらに郊外に行くと、その変化は著しい。田畑がなくなり、道路の幅が広がり、大きな建物がどんどん建てられている。 私が暮らしていた5年前は、郊外で静か=少し不便と思っていた地域が、家も店も増えて、ずい分賑やかになっている。特に、車の数が激増し、中心部からかなり離れても、車の数が減らないことには驚いた。ラオス人も日本人も、ヴィエンチャンに暮らす人は皆一様に「渋滞が大変」と口にしていた。
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【大きな道路に面した小学校では、昼休みに児童が旗を出して車列を止め、児童たちが道路を渡れるようにしていた。・・・日本ならば、信号機を設置するのであろうが。】

   
   翌日、学校図書室開設のためにヴィエンチャン県に向かった。今回訪問するフアン郡は、私が仕事を始めたばかりの16年前に訪問したところである。
   1996年の訪問は、出版したばかりの『絵とき辞書』と数種類の図書を、ヴィエンチャン県内の郡教育局に届けるというものであった。セミナーなどはなく、駆け足で各郡を巡回するものだったため、どんな土地だったのかほとんど忘れていたのだが、風景とは不思議なもので、”山並み”を見ているうちに、いくつかの記憶が思い出されてきた。
   
   16年前、ガタガタの道路を半日以上かかってようやく辿り着いた場所。今回は舗装された道路を快調に走り、2時間程度で到着した。
   当時は、宿泊施設がない中で、急遽、中学校の教員をしている夫婦のお宅に泊めてもらうことになり、「外国人が泊まる」というので、警官がやってきて警備(監視?)をするという騒ぎになったが、今回は、ゲストハウスが複数あり、どこに泊まるか選ぶ状態になっていた。電気も水道もなく、家の人と一緒に川で水浴びをし、夜は暗闇の中でトイレに行くのが大変だったのを鮮烈に覚えているが、今は水道も電気も通り、携帯電話がどこでも通じるようになっていた。
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   生活が大きく変わる一方で、変わらぬものもあった。
   夕食をいただくことになり、お邪魔したスタッフの知人宅。私たちが到着した時には、まだ家の裏でアヒルの毛をむしっていて、でも慌てる様子もなく、食事の支度を続けていた。私たちは、手の空いた家の人とおしゃべりしながら、ゆっくりと待ち、3時間近く経ってようやく食事。そして、食事が終わっても、またおしゃべり。何か特別な話題があるわけではなく、家族のこと、最近の結婚式のこと、いろいろな民族の話、土地の産物、米や肉の値段などなど・・・だらだらと話が続く。その間に、酒を注いだグラスがまわる・・・・
   食事が目的か、酒が目的か、話が目的か・・・そんなことを考えるのは野暮な気がする。何と贅沢な時間の使い方だろうか。。。そう、このゆったりと流れる時間は、16年前に繰り広げられた光景と変わらなかった。
   ああ、そういえば、夕食のメニューのアヒルの”ラープ”も、16年前と同じだった。

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【山の幸が豊富な市場(ヴィエンチャン県フアン郡)】

<東京事務所:赤井朱子>

「ラオスのこども」ホームページ

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