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2022年1月24日 (月)

「ラオスのこども」カレンダー2022対談 (前編) ラオスの子どもたちのアートに出逢うまで 相馬淳子さん

今年のNPO「ラオスのこども」オリジナルカレンダーは、ラオスの子どもたちの絵画があふれるアート満載のカレンダーになっています。
今回は、そんな素敵な作品が生まれた背景を、ホアンカオ学校で子どもたちと一緒に創作活動に取り組んだ、ジャスミン先生こと相馬淳子さんに、活動のきっかけ、経緯、子どもたちの反応・変化について、カレンダー制作を担当したラオス事務所駐在員の渡邉が、前編・後編2回にわたり、お話をうかがっていきたいと思います。

「ラオスのこども」カレンダーを購入された方は、どうぞお手元のカレンダーをめくりながら、対談をお聞きください~

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(渡邉)相馬さん、本日はどうぞよろしくお願い致します。まずは、相馬さんがラオスに来て活動することになったいきさつについて、順番に教えていただけますか?

(相馬)はい。私はラオスに行くまでに、夫の仕事の関係で色々な国に滞在する機会があり、そこで、現地の人たちが作る素晴らしい織物に出逢ってきました。アフリカのガーナ(2000~03年)では、地方の男性たちが王様のために織る「ケンテ」というファブリックや、東南アジアのバングラデシュ(2007~13年)では、少数民族「マニプリ族」の織物に触れました。とっても丁寧に作られた素晴らしい織物なのに、現地では安く買い叩かれたり、納品までのスピードを求められるため、売る場所や機会が国内外にない状態でした。そこで、自宅で販売会を開いたり、現地の人と交流したり、NPO FiLCという団体を通じ、日本の高校とも一緒に商品開発するなど交流活動をしてきました。

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バングラデシュ自宅でのマニプリ族のクラフト販売会(右が相馬さん)

(渡邉)なるほど~。相馬さんの最初の海外との接点・交流は、織物を通じてだったんですね。

(相馬)そうなんです。その後、帰国してから、東京都港区の「女性とフェアトレードの会」に所属して、7か国それぞれの国のものを扱う女性たちが集まり販売会をやっていて、私は引き続きバングラデシュの織物を紹介していました。その団体メンバーのなかに、ラオスのことを担当している女性がいらしたのです。

(渡邉)ここで、ラオスとの接点が出てきましたね。

(相馬)はい。彼女が支援していた「サオバン」(ラオスでハンディクラフト事業をしている団体)のラオス人メンバーが来日した際、アサバアートスクエアでクラフトのイベントを開催しました。ラオス人の彼に「織物習いたいのだけど…」と話していたら「ラオスにおいでよ!ラオスじゃ織物は普通にやってるよ~」と言われ紹介してくれた中に「ラオスのこども」代表のチャンタソンさんが運営する「ホアイホンセンター」もありました。
だから、いつかラオスに往ってみたいなぁ~と思っていたのです。

(渡邉)今、「アサバアートスクエア」の名前も出てきましたね。アサバアートスクエアの始まりは、横浜の金沢区で1968年より浅葉和子先生が主催する子どものデザイン教室と聞きました。今は、子どものデザイン教室は浅葉弾さんが代表となり、様々な芸術の展示やイベント開催、地域の芸術祭企画などを展開する、地域のアートコミュニティスペースです。

昨年には「ラオスのこども」カレンダー2022記念として、相馬さん主催で開催した展示イベントの会場・協賛もしてくださいました。
アサバアートスクエアと相馬さんとのつながりは、サオバンのクラフトイベントの時からだったのですか?

(相馬)実は、アサバアートスクエアとのつながりは、もっと前から、1998年からです。私の実家が横浜市金沢区で、帰省した際に、私の母と長女が散歩しているときにアサバアートスクエアを見つけてお教室で遊んで来たと興奮していました。あまりに楽しそうだったのでデザイン教室に体験入学し、里帰りするたびに娘が教室に通いだしたのが始まりです。

(渡邉)それがきっかけなんですね~ おばあちゃんとのお孫さんとのお散歩で偶然の出会いだったとは。

(相馬)娘は通っていくうちにさらに気に入って、デザイン教室の企画で、山梨県増穂への合宿がありました。3歳になりたての娘が「自分も行く!」といってきかないんです。それを聞いていた浅葉和子先生が、自分が責任を持つからと車に乗せて娘を一人で連れて行って下さって。

(渡邉)すごい!まだ3歳だったんですね。でも娘さんとしては、どうしてもみんなと一緒に行きたかったんだ。それぐらいアサバアートスクエアでの体験は、楽しいものだったんでしょうね。

(相馬)そうなんです。その後、下の2人の子も続いてデザイン教室に通うようになって。海外を転々としていたため、私の子どもたちは地域の友達が少ないのですが、アサバアートスクエアがいつも「帰ってくる場所」になっていました。

(渡邉)いいですよね、そういう居場所があるって。そしてお子さんを通じて相馬さん自身も、アサバアートスクエアに関わるようになっていったのでしょうか?

(相馬)子どもが作品を持って帰ってきたり、デザイン教室の話をしてくれるのを聴いたりしていて一緒にワクワクしました。私は中学校の理科の先生だったのですが、それとはまったく違う教育がアサバにはあって、「こんなところで育てたらどんなにいいだろう」という想いでいました。だから、自然な流れでデザイン教室のアシスタントとして働くようになりました。

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アサバの子どもデザイン教室でアシスタント(奥中央が相馬さん)

(渡邉)どんな教室でしたか?

(相馬)毎回の授業が、「よろこび」に満ちているのです。子どもたちがホントに自分のやりたいことをやって、満足した顔で帰っていきました。その姿をみていると、仕事というより、一緒にその場にいれたことにワクワクし子どもたち(の感性)が開いていく感じに、刺激をもらいました。創作活動ってこんなに楽しい面白いものなのだということを、教えてもらいました。

(渡邉)アサバのデザイン教室のコンセプトは、「子供の本来もつ可能性をものづくりの喜びと自由な空間の中で育む教育」を目指していますもんね。そこでの体験が、ホアンカオ学校での創作活動の原点になっている訳ですね?

(相馬)結果的にはそうなのですけど、私は美術を専門に勉強したことはないし、当初は美術を教えるつもりはなく、ラオスでは、中学で理科教師をしていた経験を活かして、実験活動をさせてもらおうと思っていました。

(渡邉)それで、「ラオスのこども」ラオス事務所の併設図書館での、実験教室に繋がっていくんですね。
当会代表のチャンタソンのことは知っていたんですか?

(相馬)いいえ。実は知らなかったのです。織物の職業訓練センター「ホアイホンセンター」の代表がチャンタソンさんということは、サオバンの方からも教えてもらっていました。これも偶然ですが、夫が出張でラオスに行くことになり、話を聞くようになりました。そして、タイミングが合い、ホアイホンセンターで織物を学びたいと、ラオスに1年間移住することにしました。そして、ラオスに往く前に、どこか実験教室をできるような処はないかなと、たどり着いたのが「ラオスのこども」のラオス事務所にある図書館でした。当時の駐在の政岡さんに連絡を取り、ラオス到着後、活動を始めることになりました。
 そして、アサバのアートスクールを退職する際に、ラオスでは「ラオスのこども」の図書館で実験教室をすることになった、というお話をしました。その際、浅葉代表が、「その団体確か、チャンタソンさんっていう人の団体ではないかしら?」と。

(渡邉)アサバアートスクエアの代表、浅葉和子さんは、1996年に「ラオスのこども」の前身の「ラオスの子供に本を送る会」の専門家派遣プロジェクトで、現地の子供たちに図画工作ワークショップを実施されていらっしゃいますもんね。(ニュースレター8号6頁
ホントに、知らないうちに色んなところで繋がっていた感じですね~

(相馬)そうなんです。不思議なご縁ですよね。だから、安心してラオスに向かうことができました。

(渡邉)2016年の9~12月に実施された「ラオスのこども」図書館での実験教室は、どんなかんじでしたか?

(相馬)初日は、子どもたちが引き気味で、なかなか寄ってきてくれませんでした。ラオスに来たばかりで、ラオス語が全然出来ないし、子どもたちも「なんだ?この人?」みたいな感じで(笑)。
手始めに折り紙をやったのですが、すでに「ラオスのこども」の活動でお馴染みで、子どもたちは興味を示さず。そして、2回目は「ヒンメリ」を作ってみました。

(渡邉)「ヒンメリ」って、北欧の麦わらと糸で作る三角形を立体的に組み合わせた、モビールのような飾りですよね?

(相馬)そうです。ストローに針で糸を通して作っていきました。すると、ラオス事務所スタッフのチャンシーが、とっても楽しんでくれて、その日は、ほぼチャンシーとやっていました(笑)。

(渡邉)そうでしたか。チャンシーは手先が器用で、折り紙も色んなのを折れるんです。だからそういう「ものづくり」は、彼女のなかでヒットしたのかもしれないですね。

(相馬)その次のモビール作りも、チャンシーがまたホントに楽しんで、周りにだんだん子どもが集まってくるようになって。その後、実験を始めていきました。
段ボールを叩いて空気の圧で大砲のようにする「空気砲」を作って、ロウソクの火を消したり、的作りしてそれを倒したり、倒れないようにするにはどうすればいいか考えたり…とみんなそれぞれに楽しんでやってましたね。
その後、「表面張力」を使った実験として、シャボン液を作ってそれを水の中に落としていく実験をしました。シャボン玉の表面張力が強いので、玉が水の中で割れずに、タピオカのように丸く残っていきます。すると、スタッフのセンやバンロップがハマったみたいで。

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「ラオスのこども」図書館での実験教室

(渡邉)これまではチャンシー(女性)だけ興味を持っていたのが、男性スタッフも関心を持ちだしてきたんですね。

(相馬)結構難しいので、集中して一生懸命。次の週に行ったら、また今週も表面張力実験がしたいって。

(渡邉)なんか目に見える形で、つぶつぶのタピオカみたいなのが出来るのが、すごく面白かったんですよね、きっと。

(相馬)そうなんですよね。そういった実験系のものは、子ども・大人関係なく、スタッフやお客さんも本当に楽しんでやっていましたね。「ラオスのこども」図書館は、昼休みに子どもたちがやってくるので、純粋に「楽しむ」というかたちでやっていました。私は学校の先生をしていましたから、どうしても「どういう仕組みでなるのか」と教えたくなっていたのが、この活動では、ラオス語が喋れなかったというのもあり、理由を教えたり説明したりではなく、子どもたちの活動を見守るだけ。子どもの可能性を信じて、「楽しむだけでいいんじゃん!」っていうのは、すごく新鮮な体験でした。

(渡邉)ラオス事務所の図書館では、だいたい何回ぐらいされたのですか?

(相馬)毎週水曜日にやっていたので、10回以上はしていたと思います。12月には、チャンタソンさんが日本大使夫人と図書館を訪問してくれました。

(渡邉)その時に、初めてチャンタソン代表に会われたんですね。

(相馬)そうです。チャンタソンさんは、一緒に実験に参加してくれて「こんな面白いなら、学校でやって!」ということになり、それで2017年の1月から早速、チャンタソンさんが運営するホアンカオ学校-ホアンカオ(稲穂)保育園・幼稚園・小学校に、ボランティアで教えに行くことになったのです。

(渡邉)そうでしたか。では、最初は、実験教室というかたちでホアンカオ学校に入られたんですね?

(相馬)はい。小学校の子たちを中心に実験教室を、ということだったのですが、幼稚園・保育園の子もいたので、実験はまだ難しいかな…、と思い、創作活動も始めました。すると、創作活動の方がずっと楽しくなって、そっちの方がメインになっていきました。

(渡邉)ホアンカオ学校では、週3行かれていたということで、沢山のプログラムをされていらっしゃいますよね?

(相馬)はい。ラオス在住が1年間の予定が結局は3年になり、2019年の6月までで、記録をみると計108回やっています。

(渡邉)以前に、相馬さんに実施した創作活動のリストを見せていただいたことがあるんですが、実に多彩なプログラムをされていて。このカレンダーにも、1月・5月の「鳥のコラージュ」と点描や、2月のボタンや毛糸で描かれた「せんせいの絵」、3月・8月の「等身大の型取り画」など、ちょっと工夫を凝らした活動内容になってますよね。

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カレンダー1月の作品

(相馬)コラージュも毛糸とボタンを取り入れたのも、初めの頃、「描けない~」「できない~」と手が止まってしまうことが多かったからなのです。材料があることで、遊んでいるうちにできた作品になっていきました。

(渡邉)今、出来上がったカレンダーをみていると、表紙の絵をはじめ、すごくダイナミックで独創性のある作品ばかりですが、最初の頃は、子どもたちは、そこまで描ける状態じゃなかったんですね?

(相馬)たぶん、子どもたちの中には誰しもが本来持つ才能っていうのはそれぞれあったと思います。初めの頃は、「思ったように、描いていいよ」と言っても、家や山とか、周りをみて描いているようでしたね。

(渡邉)どうしたらいいか分かんない?って感じでしょうか?「ラオスのこども」の図書館に来る子どもたちも、塗り絵が大好きだったりアニメのキャラクターを描いたり、絵本の画をまねして描いたりする光景はよく見かけたのですが、自分で自由に好きな絵を描くのはあまりしないです。
それから、「同じものを描く」っていうと、私もラオスの小・中学校でよく見かけたのが、教室の壁に貼ってある絵が、みんな同じ構図で描かれているんですよね。ラオスの田園風景っていうので、山があって、そこから川が流れていて、周りに田んぼや畑があって、それを耕している人がいて…と、どの教室にも、同じ絵が並んでいて。

(相馬)そうそう!あと不思議なのがみんな、お家を描くときに斜め45度に描くじゃない?

(渡邉)あれって、なんか教科書とかにそう描かれているんですかね?家はこうみたいな?立体的に描く方法みたいな…

(相馬)それから、みんな紙の隅っこに、小さく、小さく描く?

(渡邉)あぁ、それも分かります。画面いっぱい大きく使って描かずに縮こまって描いちゃってること多いですよね。あと、線も真っすぐ描かないとって言われているのか、定規を使って描いてる子が結構いて、びっくりした覚えがあります。

(相馬)きっとお家では自由に描いたりしていると思うけれど、学校ではあまり描かないのかな…
それで、材料を変えてみようと絵の具を使うことを始めました。ホアンカオ学校の小学生で、まずは色作りをやってみました。 紫を作るには、何色を混ぜたらなるか?先生たちも知らないようだったので…

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色づくり実験

(渡邉)何色と何色を混ぜたら出来るか、って子どもと先生と一緒になって、みんなで試して、実験しながら探していったんですね。

(相馬)みんなで予想を立ててまさに実験になりました。作りたい色が出来た時は、わーっと歓声が上がって、先生たちは、熱心にメモをとっていました。
それから、絵の具を使うときのセッティングは、どのクラスも同じになるように、日本の図工の時のやり方・ルールを先生たちにも共有しました。
筆の使い方とか、バケツと雑巾を用意して、ちゃんと敷くものがあって…というは、回数を重ねて覚えていった感じです。


このあと、ジャスミン先生は、色々工夫をしながら、ラオスの子どもたちと創作活動に取り組んでいくことになります。この続きは後編で
【ラオス事務所:渡邉】

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